Tunnel Vision ― 560kW仕様 日産スカイライン R32 GT-R
記事提供元:NZ Performance Car
ライター: René Vermeer
写真: Glen McNamara
高出力GT-Rのビルドに飽きるなんて、正気の沙汰じゃない。
ましてや、それがST Hi-Tec仕上げときたら、文句なしに最高だ!
間違いなく、ニュージーランドのカーシーンは、私たちが今までに体験した中で最も驚かされるものだ。何気なく過ごしていて、「もう国内(アオテアロア)のすごい車両は一通り見たはず」と思っていると、突然――DMにドカンと新しいマシンが飛び込んでくる。アリ・サレヒは4か月間、自身の夢であった日産スカイライン R32 GT-Rの製作に取り組んでおり、ついに完成。GT-Rのプロフェッショナル集団、ST Hi-Tec によって仕上げ・セッティング・チューニングまでバッチリ施されたばかりだ。
とはいえ、アリが最初から「ゴジラ」や日本のハイパフォーマンスカーに夢中だったわけではない。その情熱は、あるクルマとの出会いをきっかけに、少しずつ育まれていった。きっかけは、スバル WRX STI GC8。「そのクルマを運転して、ほとんど電子制御のない状態でクルマがどう走るかに感動したんです。それに、まだまだ伸びしろがあるって感じたので、思い切って手放して、もっといろんなJDM車に乗って、チューニングにもチャレンジしてみようと思いました。」
この頃にはもう、アリが日本のパフォーマンスカーの世界にどっぷりハマっているのは間違いなかった。ユーロ車はすっかり過去のものとなり、心は完全にJDM一色。WRXを存分に楽しんだあと、それを手放し、次に手に入れたのはモディファイされたホンダ インテグラ DC5だった。
しばらくの間、NAのK型エンジンを楽しんだアリだったが、やがて目標は一点に絞られていく…人生でいつか手に入れたいと願っていた、BNR32 日産スカイライン GT-Rのために貯金を始めたのだ。「数年前、スカイラインR33を所有していたことがあって、RB25DETのノーマルエンジンを載せたクルマだったんですけど、ほとんど手を加えてないのにけっこういいパワーが出ていて。それでRBエンジンの虜になりました。ずっと『いつかまたRBに乗って、ちゃんとビルドしてみたい』と思っていて。R32 GT-Rを選んだのは、あのクルマの持つポテンシャルに惹かれたから。ビッグパワーとハンドリング、両方を追求できる理想のベース車です。それにGT-Rに乗るのは僕の夢でもあったので、チャンスが来たときに迷わず踏み切りました」と、アリは語ってくれた。
クルマ作りをしている人なら誰しも覚えがあるはずだが、アリの当初のプランも、どちらかといえば控えめだった。「とりあえずシングルターボに換装して、そこそこの信頼性あるパワーを出せればいいかな」そんな“シンプルな”構想だった。しかし、パーツを集め始めて、品質にこだわり、ファブリケーションや取り付けの工賃にもしっかり投資していくと、多くの人が気づくように――「どうせなら、最初から全力でやっておけばよかった」**という境地に至る。「パーツを揃えているうちに、少しずつ貯金も増えていって、気づいたら『ちゃんとしたビルドにしよう。ずっと思い描いていたクルマを本気で形にしよう』って気持ちになったんです」とアリは振り返る。
排気量はあえてノーマルのままだが、その中身はしっかりとリフレッシュされ、Tomei(東名)鍛造ピストン、Eagle製鍛造コンロッド、そしてTomeiのバルブトレインといった、地元で調達したハイパフォーマンスパーツで武装されている。RB系エンジンにありがちなオイルポンプ問題を回避するため、アリが選んだのはNitto製のオイルポンプ。さらに、RIPS製の大容量サンプからオイルを吸い上げる仕様にアップグレードしている。目標出力はおよそ500kW(約670馬力)。排気量据え置きでその数字を狙うには、高回転までしっかり回してパワーを引き出す必要があり、そのためにもバルブトレインの強化は欠かせなかった。(おかげで、サウンドも凄まじい仕上がりになっている!)コンプレッサーホイール径64mmというスペックは、その目標には十分すぎるサイズ。アリはそこにPrecision 6466ターボをチョイスし、Turbosmart製の最大サイズのウエストゲートでブーストコントロールを司っている。
「このビルドで一番ワクワクした瞬間は、やっぱりシャシダイの日ですね。どれだけパワーが出るのか、それとも何かが壊れるのか…あのドキドキ感は、クルマ作りの醍醐味だと思います」と、アリは語ってくれた。今回はトリガーキットもきっちり組まれ、十分な燃料供給、ブースト、回転数、そして何より「ブーマー」の名で知られる凄腕チューナーがセッティングを担当。すべてが完璧に揃ったおかげで、ST Hi-TecのMainlineダイノでの計測はスムーズそのもの。結果はなんと――ホイール出力で560kWをあっさりマークした。
これだけのパワーを路面にしっかり伝えるのは、R32 GT-Rにとって決して不可能なことではない。AWDシステム(アテーサE-TS)は、世界中のあらゆるシーンでその実力を何度も証明してきたからだ。とはいえ、タイヤの選択を誤ったり、サスペンションが劣化していたりすると、こういった高出力車はストリートで“恐怖の乗り物”になってしまうこともある。そうしたリスクを避けるべく、アリのGT-RにはÖhlins製のクリップ式調整サスペンションに加え、Nismoの調整式アーム類、そして265/35R18サイズのHankook Z232ストリート対応セミスリックタイヤが組み合わされている。トリガーを引いた瞬間にも真っすぐ加速できるよう、抜かりなく仕上げられているのだ。さらに、このGT-Rは今でも純正の5速Hパターンを維持しているため、ブーストが立ち上がる瞬間には、目・手・足の高度な連携が必要とされる。路面を蹴り上げながら、マシンと対話するような緊張感のあるドライビングが味わえる一台だ。
「このクルマに乗るたびに、自然と笑顔になってしまうんです。それに、他の人が自分のビルドを見て、褒めてくれたり、興味を持ってくれたりするのが本当に嬉しい。何度乗っても飽きることがないんですよ。公道を走っていても、まるでゲームの中にいるような感覚になります。排気音、ウエストゲートの叫び、ターボのホイッスルやフラッター…すべてが五感に響くんです」とアリは語る。そして、これからビルドに挑戦する人へのアドバイスとして、こう続けた、「まずは予算をしっかり決めること。それから、必要なパーツはできるだけ先に集めておくこと。途中でプランを変えたりせず、一貫性を持つのが大事です。整備を担当するメカニックやショップの人としっかり話し合い、アドバイスを素直に聞くこと。そして何より大切なのは、焦らないこと、近道をしないこと、忍耐を持つことですね。」
アリは「このビルドに後悔はないし、変更するつもりもない」と語っているが、実はすでに次のアップグレード計画が水面下で進行中だ。それもそのはず…このパワーレベルともなれば、ミッションから金属片が飛び出すのも時間の問題。強化は必然と言える。「次の目標は1000馬力です。そのために、ブロックブレース、大型ターボキット、3200ccのストローカーキット、シーケンシャルミッションなど、必要なサポート系のモディファイも一通り考えています。あとはボディカラーを変えたり、ホイールも違うものにして、もう少し個性を出したいとも思ってます」とアリは展望を語ってくれた。
R32 GT-Rにこれ以上目立つための何かが必要かと言われれば、正直なところ疑問だ。だがアリのマシンを見ていると、まさに“究極のGT-Rスリーパー”という表現がふさわしい。一見すると、ただのノーマル風+ホイール交換車に見えるその佇まい…だがその正体は、500kWを秘めた殺気立つ兵器。そしてそのコクピットには、しっかりと覚悟を持った“パイロット”が座っている。タービンがスプールを始めるまでは、誰にも分からないのだ。
この記事は、New Zealand Performance Car 誌・第305号に掲載されたものです
スペックリスト
車種: 1991年式 日産 スカイライン GT-R(BNR32)
◆ 心臓部(Heart)
エンジン: RB26DETT・2600cc直6
ブロック:
東名製 鍛造ピストン
Eagle製 鍛造コンロッド
ACL レース用メタル
クランクカラー追加
バランス取り済み
シリンダーヘッド:
東名製 大径バルブ
東名製 バルブスプリング
Supertech製 バルブガイド
Kelford製 可変カムギア
東名Procams(ハイカム)
Nitto製 オイルポンプ
東名製 メタルヘッドガスケット
吸気系:
NZKW製 ビレットインマニ
95mm スロットルボディ
排気系:
ワンオフ 4インチ ダウンパイプ
ワンオフ 3.5インチマフラー(AdrenalinR製サイレンサー)
Sinco製 ターボマニホールド
ターボチャージャー: Precision 6466
ウエストゲート: Turbosmart PowerGate60
ブローオフバルブ: Turbosmart RacePort
燃料系:
Bosch製 1550ccインジェクター
FPG製 インタンクサージタンク
Raceworks製 340L/h 燃料ポンプ
点火系: Franklin Performance製 コイルキット
ECU: Haltech Elite 2000(ハーネス・配線類は隠蔽処理)
冷却系:
Koyorad製 ラジエーター
Plazmaman製 100mm インタークーラー
その他:
Hypertune製 ロッカーカバー
RIPS製 大容量バッフルサンプ
ワンオフ ファブリケーション(オイルキャッチタンク含む)
◆ 駆動系(Drive)
ミッション: 純正5速
クラッチ: Xtreme製 ツインプレート(オーガニック)
フライホイール: Xtreme製
デフ: 純正
◆ サスペンション・制動系(Support)
車高調: Öhlins製 クリップ式調整コイルオーバー
ブレーキ:
フロント:R33 GT-R純正ブレンボキャリパー
ディスク:Endless製 スリットローター
パッド:Endless製 MX72(リア)
アーム類:
Nismo製 キャンバーアーム
Nismo製 トラクションロッド
Nismo製 トーアーム
◆ 足まわり(Shoes)
ホイール: WedsSport SA-70R(18×10J)
タイヤ: Hankook Z232(265/35R18)
◆ 外装(Exterior)
塗装: 純正色
エアロ:
カーボンフロントディフューザー
カーボンリアディフューザー
カーボンN1タイプ トランクリップ
カーボン製ガーニーフラップ付きリアウイング
社外ヘッドライトダクト
ワンオフLEDテールライト
◆ 内装(Interior)
シート: 純正
ステアリング: Momo Monte Carlo
メーター: Haltech iC-7 デジタルディスプレイ
◆ パフォーマンス(Performance)
出力: 560kW(ホイール出力)
トルク: 720Nm
ブースト圧: 32psi
燃料: E85
セッティング: ST Hi-TecのAnthony(通称 Boomer)
◆ オーナープロフィール(Driver Profile)
ドライバー/オーナー: Ali Salehi
年齢: 22歳
居住地: オークランド(ニュージーランド)
職業: 自営業
ビルド期間: 4か月
所有期間: 1年10か月
謝辞: 「支えてくれた家族と友人、Boost Nationの仲間たち、そしてこのビルドを完成させてくれたST Hi-Tecに感謝します。」