Type S Night Lights 2026
記事提供元:turnpike
著者:Larry Chen
著者:Louis Yio
カーカルチャーを限界のその先へ押し上げた夜
これまで、数え切れないほど非現実的なカーカルチャーの瞬間に立ち会ってきた。だが時折、本当に立ち止まって、その光景を飲み込むしかない瞬間がある。東京の街中で、フェラーリ F40を駆るルイス・ハミルトンを撮影するため、日産セレナの後ろから身を乗り出していた時もそうだった。あれは現実とは思えなかった。そしてまた、そんな瞬間が訪れた。しかも正直に言えば、今回の出来事はそれすら超えてしまったかもしれない。
ロングビーチの立体駐車場の屋上で、ゴルフカートの上に立っていた。Type S Night Lights 2026が正式にスタートして、まだ15分しか経っていなかった。だが、その時点ですでに完全に制御不能な状態になっていた。屋上は人で埋め尽くされ、足元から建物そのものが揺れているように感じたほどだった。もはやコンクリートの床など見えない。視界に広がっていたのは、人の海だけだった。その瞬間を何枚か撮影したところで、ふと我に返った。今回は本当に、人が多すぎた。しかも尋常じゃないレベルで。そこで初めて、恐怖にも近い感覚が押し寄せてきた。
2026年で、Type Sと共にミートを主催するようになって5年目になる。自分はずっと、彼らが体現しているカルチャーを信じてきた。20年前にカッコよかったものが、不思議なことに今また新鮮な輝きを放っている。2001年に『ワイルド・スピード』が公開された当時、アンダーグローは一気にブームになった。誰もがクルマの下にネオンを入れたがったが、当時の技術はまだ粗削りで、その流行はあっという間に廃れていった。やがてアンダーグローはダサいものとして見られるようになり、装着しているだけでそういう目で見られる時代になってしまった。
だが今、その流れは再び一周して戻ってきた。技術は進化し、見せ方そのものも成熟した。クリーンで上品なスタイルを作り込みながら、最後のアクセントとしてストリートグローを加えることができるようになったのだ。自分は昔からそこが好きだった。クルマを楽しむという行為に、もうひとつ別の次元を与えてくれるからだ。結局のところ、クルマというのは楽しいものであるべきなのだから。
Night Lightsの根底にあったのは、まさにその考え方だった。夜の街へクルマを持ち出し、あのアンダーグラウンドなミート特有の空気感を、余計なプレッシャーなしに純粋に楽しめる場所を作りたかったのだ。
初期のミートは、まだ規模も小さくコントロールできる範囲だった。最初期のイベントでは警察のヘリが飛んできたこともあり、当時はそれだけで大事件のように感じたものだった。だが年を追うごとに、イベントは少しずつ規模を拡大していった。転機になったのは、ロングビーチのクイーン・メリーでFormula Drift開幕戦に合わせて開催したミートだったと思う。あの時いちばん印象に残っているコメントは、「どうやってタイタニックをカーミートに呼んだんだ?」というものだった。
ちょうど1年後、自分たちはさらにスケールアップして戻ってきた。今回は、カーカルチャーという存在を誰より自然に理解している男、サン・カンと共同ホストを務めた。サンはイベントのプロモーションにも協力してくれ、その流れで彼の映画『Drifter』について腰を据えて語り合う機会も生まれた。イベントの幕開けとして、南カリフォルニアの240Zを数台集めた小規模なクルーズも実施した。そして告知映像は、実際にイベントを開催するその場所で撮影した。あの夜は、すでに空気が違っていた。もっと大きな何かが始まろうとしている。誰もがそんな予感を感じ取っていた。
イベントの告知はかなり早い段階で行った。開催まで、まだ2か月近く残っていた。だが、そこから状況は一気に制御不能になっていった。数週間もしないうちに、自分の投稿だけでシェア数は10万件を突破していた。その時点で、自分はプロモーションを完全に止めた。とんでもない規模になることは理解していた。だが、とんでもないという言葉が実際に何を意味するのか、その時の自分はまだ本当の意味では分かっていなかった。
イベント当週は、まさにカオスだった。Formula Driftとロングビーチ・グランプリのメディアデーが立て続けに重なり、スケジュールは完全に詰め込まれていた。Type S Night Lightsは、Formula Drift Round 1予選直前の木曜日開催。その日が近づくにつれ、自分のInstagramフィードはイベント準備を進める人たちの投稿で埋め尽くされていった。洗車をする者、ギリギリまでモディファイを仕上げる者、中にはイベント参加のためのロードトリップを宣言する者までいた。その時になって初めて、このイベントがどれほど広い範囲に届いていたのかを実感した。
イベント当日の朝、Formula Driftのスタッフから電話が入った。開始は午後6時の予定だったにもかかわらず、朝7時半の時点ですでに入場待ちの列ができているという。そんな話、普通に考えて異常だ。そしてさらに、一部の参加者は前夜のうちから車両を並べ始めようとしていたという話まで耳に入ってきた。
11時半頃にロングビーチへ到着すると、すぐにFormula DriftとPASMAGのチームと合流し、搬入作業に飛び込んだ。当初は再びクイーン・メリー側の会場を使う予定だったが、工事の影響でそれが不可能になってしまった。その代わりとして選ばれたのが、Aquarium of the Pacific向かいの立体駐車場だった。だが結果的に、そのロケーションには大きなメリットもあった。ずっともう一度見たいと思っていた光景――あのエリアで本物のドリフトが行われるという夢が、再び実現できる環境だったのだ。
何年も前、Grand Prixコースの一部でもあるBubba Gump Shrimp Company近くのイルカの噴水前で、Formula Driftマシンがデモランを披露していた光景を見たことがある。その時の記憶は、ずっと頭から離れなかった。だから今回、自分はそのアイデアを市に提案してみた。そして驚くべきことに、正式な許可が下りたのだった。
プラン自体はシンプルだった。ドリフトデモを3回行い、最後は全車が連なって走るロングドリフトで締めくくる――そんな構成だった。だが実際には、そこまで辿り着くことすらできなかった。理由は単純で、人が多すぎたからだ。立体駐車場は全フロアが人で埋め尽くされ、縁に身を乗り出す者、さらには本来立ち入るべきではない場所によじ登る者まで現れていた。
午後8時半頃、市側の判断でイベントは中止となった。本来であれば午後10時まで続ける予定だったが、あの状況では安全を確保したまま継続することは不可能だった。しかも終了決定後ですら、完全に人を退場させるまでに2時間以上を要した。その瞬間は正直かなり悔しかった。だが今振り返れば、あれは間違いなく正しい判断だったと思う。
ロングビーチ市は、昔から驚くほどカーカルチャーに理解がある。そして実際、その姿勢は街全体から伝わってくる。複数ラウンド開催されるFormula Driftに加え、Grand Prixのようなビッグイベントまで抱えるこの場所は、まさに南カリフォルニア・カーカルチャーの本拠地と呼ぶにふさわしい空気を持っている。
市の発表では来場者数は2万5千人超とされていたが、実際にはもっと多かったと思う。ダウンタウン中の駐車場や建物はどこも満車状態で、道路は人と車で埋め尽くされていた。あの場にいた人間なら、あの異様な熱気を間違いなく感じていたはずだ。帰るまでに何時間も足止めを食らった人には申し訳なく思っている。だが同時に、あの光景はひとつの事実を証明していた。カーカルチャーは、まだ生き残っているだけではない。今なお進化し続け、勢いを増しているのだ。
ここまで来ると、今後こうしたイベントをどう運営していくべきか、本気で考え直さなければならない段階に入っている。規模が大きければ大きいほど良い――そんな単純な話ではない。安全性を犠牲にしてしまうのであれば、それは本末転倒だ。今回の出来事は、間違いなく大きな学びになった。そしてその経験は、次回以降のイベントの在り方を確実に変えていくことになるだろう。もちろん、次もやるつもりだ。ただ願わくば、次回はもう少しだけ平和であってほしい。
Type S、Pennzoil、Toyota Gazoo Racing、ST Suspension、Formula Drift、そしてサン・カン。さらに、こうしたイベントを実現可能なものにしてくれたロングビーチ市に、心から感謝したい。






























































































