ドリフトの頂点――これは世界最高のドリフトイベントなのか?

記事提供元:turnpike
5万人――それが、ほんの数日前にポーランド・ワルシャワのPGEナロドゥヴィ・スタジアムに集まった観客の数だ。2025年のドリフトマスターズ最終戦、その規模は現時点で世界最大のドリフトイベントとなっている。だが、一体どうやってここまでの存在になったのか?
俺がプロのドリフトを撮り始めたのは2011年。当時はロサンゼルスのフォーミュラドリフトに、親父のカメラをこっそり拝借して持ち込んでいた。あれから14年――ドリフトも俺自身も大きく成長した。いまやこの競技はアメリカでもヨーロッパでも完全にメインストリーム。現在、世界のドリフトシーンを二分するのは、アメリカの「フォーミュラドリフト」と、ヨーロッパの「ドリフトマスターズ」だ。
ラリーと並んでフォーミュラドリフトのオフィシャルカメラマンを務めている身としては、どうしても多少の贔屓目はある。FDの空気を吸って生きているようなもんだ。でも、ヨーロッパで開催されるイベントにも独特の魅力があって、それはそれで毎回楽しみにしている。
リガの伝説は、フォーミュラドリフトのパドック中に鳴り響いていた。ヨーロッパ勢の話によれば、「あの熱狂は動画じゃ伝わらない」とのことだった。
俺がドリフトマスターズに本格的に注目し始めたのは2019年。ピオトル・ウィエチェクと彼のWorthouseチームが、フォーミュラドリフトでの3シーズンを経て、活動の重心をこのシリーズに移した頃だった。2023年、ドリフトマスターズはワルシャワの名門サッカースタジアムで最終戦を開催。そしてその光景は――俺の目には、まさに壮観だった。5万人の満員観客、炸裂する花火、完璧な雰囲気。あの夜には、ドリフトの“すべてのバイブス”が詰まっていた。
ずっとリガには行ってみたいと思っていたが、2023年のワルシャワを見逃したときは、「これは本物のドリフト史に立ち会えなかった」と感じた。それほどまでに壮大で、プロドリフトという競技の頂点を象徴するような出来事だった。だからこそ――自分の目で確かめたくなったのだ。
2024年はタイミングが合わなかったが、今年はついに星が揃った。ちょうどラリーと俺に、シーズン最終戦の2日後にドイツでの仕事が入っていたのだ。話がトントン拍子に進み、気がつけばワルシャワのカフェでマキアートを頼みながら、ドリフトマスターズ最終戦を撮る週末の計画を立てていた。
ラリーと俺はそれぞれ撮影を担当していたが、俺は主に動画、ラリーはスチールに集中していた。だから今見ている写真は、すべてラリーの作品だ。近いうちに俺たちのYouTubeチャンネルでも、このイベントをまとめた動画を公開する予定なので楽しみにしていてほしい。
ドリフトマスターズは、2日間にわたって繰り広げられる濃密なイベントだ。初日はプラクティス、予選、そして夜まで続く少数のタンデムバトルで締めくくられる。コースレイアウトが独特なため、ドライバーたちは予選前にほんの数本しか練習走行できないというタフな環境。2日目は多くのドリフトイベントと同じ流れで、プラクティスの後に本戦のバトルが始まる。
フォーミュラドリフトとまったく違って感じたのは、2日目の“スケール感”だ。スタジアムをぐるりと埋め尽くす観客、その圧倒的な広さと熱気に、鳥肌が立った。言葉では言い表せない――写真ですら、この臨場感の半分も伝わらないだろう。
地元ポーランド勢への大合唱、アンダードッグへの声援、そして「ワンモアタイム!」がコールされるたびに湧き上がる轟音――思い出すだけで今でも鳥肌が立つ。あの熱狂ぶりは、まるでビッグマッチのサッカースタジアムにいるようだった。
アナウンサーたちの熱量と、タイミングよく炸裂する花火の演出が相まって、トップ16のどのバトルもまるで決勝戦のような盛り上がりを見せていた。
その夜、2025年シーズンの王者が誕生した。夜空を裂く花火と、勢いよく吹き上がるシャンパン――まさに最高のフィナーレだった。
そして今、俺の中には「来年こそリガに行きたい」という強い衝動が残っている。面白いことに、シリーズを追いかけている現地メディアの連中と話していたら、彼らの夢は「フォーミュラドリフト・ロングビーチを撮ること」だという。あの唯一無二の舞台を、自分たちのカメラで切り取りたいらしい。
まさに「隣の芝は青く見える」ってやつだ。


























































































