今年は、トヨタvsポルシェ。トヨタは3台体制で応戦へ
フランスは現在、テニスの全仏オープン(ローランギャロス)が開催中で、世界中からテニスファンがその戦いを見守っているが、それからほどなくして始まるのが、自動車の耐久レースの頂である「ル・マン24時間レース」だ。今年で85回目を迎える伝統の一戦はすでに第一週目の日曜日にはテストデーが実施され、イベントへのカウントダウンが始まっている。モータリゼーションの最新の技術を駆使した車両をもって競うレースは、自動車メーカーの威信をかけた戦いでもある。さて、今年はどんなドラマが待ち受けているのだろう。
■シリーズ戦で優位に立つトヨタ
トヨタにとって、2016年の戦いは忘れたくても忘れることができない結果を迎えることとなった。チェッカーまで残り3分。だがしかしトップを走る5号車トヨタがメインストレートを前に、突如スローダウン。かろうじて動き出したクルマは余力を振り絞ってなんとかコースを1周、チェッカーをくぐるも、規定により完走扱いとはならず。かくも無残ではかない結末で幕を閉じた。そのとき、ステアリングを握っていた中嶋一貴は、「ル・マンでの悔しさはル・マンでしか返せない」と行きどころのない気持ちを言葉に変えた。もちろん、その思いは中嶋だけに限らない。あのとき、同じピットで戦ったトヨタの関係者全員がそう心に思ったはずだ。
今年の戦いに向け、チームは全面改良型のTS050ハイブリッドをリリースした。今年3月末に公開された車両は、ハイブリッド・システムに留まらず、昨年型から大幅に改良。クルマの名称こそ同じではあるものの、その中身は大きく刷新された。話によれば、昨年型から引き続き使用されているのは、モノコック程度なのだとか。2.4リットル・V6直噴ツインターボも新たに新設計され、またWECの新規定に則ったエアロダイナミクスを新たに纏った「新TS050ハイブリッド」となった。シーズンを前に多くのテストをこなし、4月上旬イタリア・モンツァで実施されたプロローグでも、ライバルであるポルシェを差し置いてトップタイムを奪ってみせた。着々と進んだ車両開発が奏功し、シーズンイン後は、第1戦イギリスのシルバーストン、第2戦ベルギーのスパ・フランコルシャンで連勝を達成。第3戦となるル・マンでの戦いを前に、あと一歩まで迫ったル・マン制覇の悲願達成。そしてリベンジに向け、これほどよくできたシナリオは見当たらない、というくらいだ。
さらにル・マンの戦いに向け、トヨタは大きな英断を下した。それが3台体制での参戦だ。2014年、そして昨年、優勝の可能性が高い位置を走りながら、トラブルやアクシデントにより、勝利の女神からそっぽを向かれた。突発的に起こりうるトラブルへのリスクを軽減させるため、そしてより勝利の確率を高めるための決断ともいえる。その組み合わせだが、7号車をドライブするのは、マイク・コンウェイ/小林可夢偉/ステファン・サラザン。8号車はセバスチャン・ブエミ/アンソニー・デビッドソン/中嶋一貴というおなじみのトリオ。そして第2戦とル・マン参戦となる9号車は、ホセ・マリア・ロペス国本雄資/ニコラス・ラピエールがドライブする。なお、国本は今年初のル・マン参戦であり、ヨーロッパでのレース出場も初めて。だが、シーズンオフのオーディションからテスト、そして実戦でも実にスムーズな仕事ぶりを見せ、チームスタッフからの信頼も高いと概ね好評の模様だ。7、8号車はル・マンはもとより、WECのシリーズ戦にエントリー。8号車が2連勝を果たし、すでに速さ、強さを引き出すパフォーマンスは実証済み。24時間の戦いでは、トラブルやミス、外的要因によるアクシデントを確実に避けることができたなら、チームが望む高みに手が届くはずだ。
先に行われたル・マンでのテストデーでは、3台がタイムシートのトップ3を独占。その中でトップタイムを叩き出したのが、小林。マークした3分18病132というタイムは、前年のテストデートップタイムをおよそ5秒も上回った。昨年のWEC最終戦をもって長年善戦してきたアウディが撤退。今年はライバル、ポルシェとの一騎打ちとなる。果たしてトヨタは、ル・マンでの最多勝利を誇る名門チームとの戦いを制し、悲願の勝利を手にすることができるのだろうか。
■進化版車両で迎え討つポルシェ
2014年。再びル・マンへと舞い戻ったポルシェ。復活2シーズン目に早くもル・マンで優勝し、シリーズチャンピオンをさらった。そして去年はトヨタとのバチバトルに苦しみながらも、突然訪れた逆転の勝利をきっちりと掴み取った。まさに、ル・マンでの勝利法を熟知しているチームだといえる。
ライバル・トヨタが大幅刷新し、「名前だけが同じ新車」をリリースした一方で、ポルシェは改良型の2リッター・V4エンジンを用意。関係者は「これまでの歴史の中でもっとも燃焼効率がいい」と胸を張るが、刷新率としては、60〜70%程度だとしている。また、WECの規定変更により削減したダウンフォースによる影響も課題として残っているようで、正直トヨタに比べると、ル・マンに向けての準備に手間取っている。だが、チーム代表であるアンドレアス・ザイドルが日頃から口にする「正常進化」に変わりはなく、これまでの戦いを通して浮上する問題点を拾い上げ、その原因を洗い出し、そして対処する、という極めてベーシックなアプローチで開発を続けている。クルマの基本構造の見直しを続けることが、彼らにとっての開発であり、それが進化を導いているというわけだ。
とはいえ、テストデーでトヨタに後塵を拝したその心境はいかばかりか。ザイドルは「トヨタのペースに対抗できなかった」とコメントしたが、どうやら本格的な予選シミュレーションは行っていないようだ。「レース用セットアップに焦点を置いた」としており、実際、予定していた走行距離も達成していないことを明らかにしている。とはいえ、ル・マンの勝者ゆえのしたたかさを目の当たりにするのは、これから、という見方もある。たとえ予選でポールポジションを手にしようが、そしてチェッカー寸前までトップを走っていようが、一番最初にチェッカーフラッグをくぐらなければ戦いに勝ったと言えない、いわば「レースの掟」を熟知したチームならではのシナリオが、今まさに着々と書き進められているように思えてならない。「気がつけば、ポルシェ」…。そんな驚愕の躍進にも期待ができそうだ。一方で、ドライバーのラインナップには新たな変化が見られる。昨シーズンをもってプロドライバーから一線を引いたマーク・ウェーバーに代わり、アンドレ・ロッテラーが新加入。日本でもおなじみのドライバーだが、アウディでル・マンを制した輝かしいキャリアを持つ逸材。彼の加入がチームに新たな刺激をもらたしていると言えるだろう。彼とともに1号車をドライブするのは、ニール・ジャニとニック・タンディ。タンディは一昨年、ル・マンを制しており、昨年の覇者であるジャニも含め、3人がすべてル・マン勝者という強者を揃えることになった。そして2号車は、昨年1号車をドライブしたティモ・ベルンハルト、ブレンドン・ハートレーが残留。ここにアール・バンバーがポルシェGTプログラムからステップアップを果たしたが、彼もまた一昨年のル・マン覇者。申し分のない布陣で挑むことになる。
アウディの撤退によって、ル・マンのトップクラス、LMP1(ハイブリッド)による争いは合計5台の車両に留まり、ここ数年の華やかさに慣れたレースファンにしてみれば、やや寂しさを感じるかもしれない。だが、2メーカーによる真っ向勝負を目にする絶好のチャンスでもある。より真摯に戦いに挑み、最後に勝利の女神に好かれるのは、果たしてどちらのチーム、そしてどのクルマになるのか。その答は6月18日、午後3時(フランス現地時間・日本時間午後10時)に明らかとなる。
PHOTO&TEXT : MOTOKO SHIMAMURA